奈良国立博物館で五月二十二日までひらかれていた特別展「国宝 信貴山縁起絵巻 朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝」を出張にからめて見てきた。
三巻全ての全場面が同時公開されるという今回。
昨年から楽しみにしていた展覧会で、気になる細部を見て絵巻を楽しんだ。

 

翌日に予定を置いて東京駅発早朝の新幹線に乗ると、京都駅に八時ちょっとに到着する。時間を組んだものの夜更けの三時頃まで片付けごとをしていたら、すぐ朝に。眠くてよろける。
近鉄奈良駅に着いて地上に出ると、ものやわらかな波長の奈良の空気に気持ちがほどけてゆく。
奈良博にゆくまでのなだらかな登り坂。鹿を見ながら歩く。仔鹿もいた。

 

平安末期のこの絵巻は、服飾文化の観点からも尽きぬ面白さがある。
各巻通じて登場人物とその他の人びとの数はそう多くはないので、衣服などの染織品、繊維製品に目を向けやすく場面を追ってゆける。

 

絵巻に描かれている男性の中には、型染めと思える文様の衣服を着用している人物が何人かいる。
その意匠は矢羽根を放射状に配する矢車文様であったり三つ巴文様であったりと、線の力強い文様が選ばれている。
古くから日本人に愛され、日本で整えられていった和の文様は、服飾関連品や陶磁器、漆器類など身のまわりの生活用品に連綿と反映されて江戸時代に、そして現代に、古びれることなく意味合いを持ち続けながら受け継がれている。文様の持つ力にあらためて気づかされる。

 

一巻の終わり、山崎長者の屋敷で後ろ向きで驚いている女性の腰に見える前掛けのようなものは、絞り染めの裂のようで、お洒落で素敵。素材は絹か麻か、整列した丸模様が並んで見える。
これと同じ類の絞り染めと見受けられるのは、三巻「尼公の巻」で苧に撚りをかけている女性が登場する、その家の軒先にかかるのれん。先の前掛け?より大きめに模様が絞り染めされている。おそらくこれも、もとは衣服であったものを引き解いてのれんに作り変えたのだろうか、などと想像する。

 

二巻の「剣の護法」がまとう宝剣の衣は、揺れ重なる剣同士の天界の領域たる音が、空の遠いところから透明にしゃらしゃらと聞こえてきそうに素敵なものだった。
宝剣の下にのぞく赤色のまといものは、織物なのか、もしくは「剣の護法」であっても肌の保護の点から革だったりはしないのか、などと生身の人間としては思いを勝手に巡らせて、後で自分であきれる。

 

三巻、苧に撚りをかけながら、弟命蓮(みょうれん)をさがす尼公の問いかけに応じている女性の傍らには、撚りかけした麻糸をためる曲物の苧桶(おぼけ)が置かれている。女性のこのシーンは染織関係の書籍などではよく知られた場面で、何年ぶりかという実際の絵をしみじみと見た。

 

尼公が馬に乗って山中から登場するシーンの市女笠には「苧垂衣」(むしのたれぎぬ)が下げられており、被るこれは苧麻(からむし)の繊維で織られたことからきている言葉、名称らしく、由来からして細く上質な糸で繊細に織りあげられたものだったことがうかがえる。

 

 

蓮の道草23へつづく

2016.6.4

古裂古美術 蓮
田部浩子

参考文献

・「風俗史より見たる信貴山縁起」 関保之助 『画説』第三十号 岩波書店 昭和十四年