観たいと思う展覧会は、日にちを気にしていても日々の忙しなさで気付けば期日が迫ってしまい、結局行かれないことがあったりするけれど、会場が遠方となると更にハードルが高くなり、「絶対に行くぞ」の気持ちを高めなければ、観ることが叶わない。先日出かけた、横須賀美術館の『谷内六郎〈週刊新潮 表紙絵〉展』は、親切な方が「蓮さん、きっとお好きでしょう」と教えて下さった展覧会で、それはぜひとも観に行きたい!と、出かけられる日にちを考えていたのでした。
JR横浜駅から三浦海岸方面の京急・快速特急に乗り、「堀ノ内」で乗り換え、降りたホームの向かい側に到着の各駅停車浦賀行に乗り、2つめの「馬堀海岸駅」で下車。そこから「観音崎」行のバスに乗車して、海沿いの街に建つ家々を眺めながらバスに揺られ、終点ひとつ手前の「観音崎京急ホテル・横須賀美術館前」で降り、徒歩2分ほどして到着した。午前中にひとつ用件を済ませたその地点を出発してから、片道2時間40分。あぁ、会期終了までに来れてよかった。7月8日までなのです。とても風の強い、いいお天気の日でした。
横須賀美術館の敷地内にある谷内六郎館は、横須賀市の市制施行100周年記念事業の一環として、2007年4月28日に開館したそうで、谷内六郎さんは、美術館にほど近い場所にアトリエをお持ちだったそうです。昭和31年、35歳のときに『週刊新潮』創刊と時を同じくして『週刊新潮』の表紙絵を担当され、亡くなられた昭和56年1月23日、59歳まで一度も表紙絵を欠くことはなく、没後表紙絵は、すでに描きあげられていた作品「虹を織る人」で1,303枚、その後は未発表の作品や、新潮社カレンダーの原画などが表紙絵とされたため、その合計は1,336枚となったといいます。(横須賀美術館発行『谷内六郎コレクション120』P.3、P.141参考)寄贈により約1,300点あまりにおよぶ『週刊新潮』表紙絵の原画作品と資料のほぼ全てを収蔵している横須賀美術館では、谷内六郎館にて年4回の展示替えをおこない、厳選した作品を毎回度紹介しています。
今回ぜひ訪れたかった理由のひとつに、谷内さんの奥様でいらっしゃる達子(みちこ)さんのお仕事が、今会期に特別に展示されるという、たいへんめずらしい企画が含まれていたことにありました。谷内さんとご結婚される以前は人形作家でいらした谷内達子(旧姓:熊谷)さんは、劇作家の飯田匡氏やデザイナーの土方重巳氏とともに、人形作家としてご活躍された方です。谷内六郎さんのご本の中で、ご自宅で絵を描かれている谷内さんの傍で、達子さんが人形作りに励んでおられる、お二人の日常を写したとても素敵な写真を見たことがあり、以来、いつか谷内達子さんのお仕事を取り上げた展覧会があるときには、ぜひ観てみたいと思っていました。
昭和の時代、1950年代後半に発行のトッパンの人形絵本は、人形を写真撮影して綴られた独特の絵本ですが、達子さんはその作品を数多く手がけられました。それらの作品の手の込みようはたいへんなもので、手縫いされた人形の表現はもちろんのこと、風景や背景、小道具のひとつひとつ、パーツの材料の調達から何から、集中力と根気のいる仕事の連続であったことが、展示された作品から伝わってきます。今回、なかなか目にする機会のない達子さんの作品とその他資料を目前に観ることができ、昭和の暮らしの中で、人びとの心と生活に潤いを与えた、様々な分野の手仕事を紹介する展覧会が、小さな規模でもいいので、もっと積極的に催される機会があったら楽しいと思いました。
谷内六郎さんの作品は昔からとても好きなので、時折りページをめくります。 横尾忠則さん編集の『谷内六郎の絵本歳時記』(新潮文庫)などは、文庫本サイズなのがありがたく、出張のときにいくつかかばんに入れる本や資料に混ざったりします。そしていつページをめくっても、谷内さんの視点や内面に惹きこまれます。「二月の記憶」という作品の解説で、横尾忠則さんは「この絵に限らず、どこかデモーニッシュな部分が谷内さんの中にあるのだろう。この絵はそれほどでもないが、時々ゾッとするような怖い絵がある。…(略)」と記されているのですが、そこが谷内六郎さんたる所以と思え、初期の作品にとてもそれが表れている。単に子供のときの想い出を呼び覚ました世界ではない、郷愁という言葉の中におさまりきらない別次元の世界を併せ持っているところに、谷内さんの心の中の深層と、谷内さんの奥行きの素晴らしさを感じてしまうのです。 まとまりのないことを続けてしまいましたが、久しぶりの蓮の道草、もう夏になってしまいました。以下は写真を綴ろうと思います。
広い芝生の向こうに佇む横須賀美術館。 ガラス張りのお洒落なイタリアンレストランが前方に。
芝生に咲くシロツメクサ。 芝生の上を歩いてもよい。 土がやわらかでした。 犬を散歩しているひとも。
いざ入館。 空にはトンビ。 このアプローチの左手が谷内六郎館。
潮風に似合う。 さすがだ。
谷内六郎館には離れの小さな展示室がある。
入口から海を見る。 目の前が海なのである。
その日いた地点から片道2時間40分。
作品を観終わり空腹に勝てず、 たまにはおしゃれにふるまい美術館のイタリアンでパスタを食す。 横須賀に来た気分を盛り上げるためにテラスへ。 当然冷房はなし。暑かった。 ユーミンの「ソーダ水の中を 貨物船が通る」をやってみる。 どうしたことか、「お水の中を 貨物船が通る」であった。。 まあ、いい。 右が谷内六郎館。 お水のボトルと谷内六郎館の間に貨物船、見えますか。 貨物船は左から右方向に、わりあい頻繁に来る。
テラスから望む。 転がりたい気持ちになるなだらかで絶妙な傾斜。 海に続く景色。 解かなければいけない古裂を思い出しつつも、また来た貨物船に視線を送る。 というか、このテラスで解きものをしたいものだ。 ホコリも問題ないだろう。たぶん。
帰路につく。 美術館を後にして、来た道のバス停まで歩く。 途中とても大きな背丈のアジサイに出合う。 夕陽まえのひととき。 さらば観音崎。 終
2018.7.3
古裂古美術 蓮
田部浩子