蓮の道草 #45

昔の風景

綸子地春草模様描絵裂 幕末~明治

 
ずいぶんと春めいてきて、いつも歩く郵便局のある通り沿いには、今にも咲きだしそうなサクラの木が数本見かけられました。暖かな風の、昨日のことです。
春になると、サの神様が山から降りてこられ、サクラの枝先に降臨すると、サクラが咲くのだそうです。間もなくサの神様が、里に来られるのでしょうか。
 
名古屋の月日荘さんでの展示会まであと少しとなり、裂を整える作業の真っ只中です。「胸アツ」と言わせていただきたい、古裂への想いとともに、だんだんと緊張が伴ってまいり、しーんとした湖面のような、何だか静かな心持ちになってまいりました。蓮の25年間の中で、展示会経験はまだ3度目、この度の名古屋が4度目となるのですが、今回はこれまでの開催とは異なり、東京以外でおこなうという初めてのことのため、あれこれと気をもむのでした。万一何か忘れ物をしても取りに戻れない、などなど…
 
そのようなことを、ぐるぐると思い巡らせながら、郵便局での用足しに外に出て、見上げるとサクラの花のほころんでいるのがひとつ、ふたつ、もう見つけられそうな、木々たちに漂う動の気配。季節の移ろいを暖かな風の中に見たように思いました。
 
今度の展示会に出品する裂に、綸子地に春草の図(模様)の描絵の裂があります。
のどかな春の野に咲くたんぽぽやすみれ、土筆にれんげ。土筆を取りに、まだ肌寒い、誰も遊んでいない野原に出かけた幼い日の記憶が、裂を整える中でぼんやりと思い出されました。あの頃は雑木林があちらこちらにあり、春になると、土筆摘みから始まって、いぬふぐりの空色の花を掌にたくさん集めたり、おたまじゃくしをとりに近くの沼まで出かけたり、春の夕方の空気の匂いのようなもの、様々な生きものに触れていた時間が懐かしく思い出されます。
 
時折り焼き芋屋さんが、手押しのリヤカーで小さな煙突から小さな火の粉を舞い上がらせて、鐘を鳴らしながら道の曲り角の向こうからやって来たりしました。駅の改札では、切符切りで切符を切ってくれた時代です。歯の形のような恰好をした、切符の切り屑が、改札にいるお兄さんの足元にたくさん落ちていて、駅に行くたびに今日は多い、今日は少ないんだな、などと思った記憶です。
春草の絵模様は、昔の風景を物語るようで、裂を整えながら、あの誰も来ていない野原の景色と、そこに行くまでの道のりの風景を心に辿ったりして。
春草に無常を想う。何かそんなことを思いました。
 
もうすぐ展示会をおこないます。
きっと初めてお目にかかる皆様と思いますが、何卒よろしくお願いいたします。
裂のほとり、愉しんでいただけましたら幸いです。

2019.3.16

古裂古美術 蓮
田部浩子