縫い糸 江戸時代

はじめに

 

江戸時代に仕立てられた衣服や生活用具品、寺院に関係した染織品など、江戸時代を中心とした諸々の仕立て品を引き解いてきた。
江戸時代の裂が使われていても、明治や大正時代に入ってから江戸の裂を用いて仕立てた衣服や小物類などは当然に数多くあるわけなので、それが江戸時代に仕立てられたもので、同時代の糸を使って縫製されたものなのかどうかを判断するのは、厳密にはとてもむずかしいことと思えるのだが、明らかに江戸時代の仕立て品以外のものは、自分なりの観点やこれまで取り扱ってきたものとの比較、見るべき要所要所、そしてやはりその時代の「匂い」というか、その時代特有の空気感といったものが、不思議とあったりする。それ以外では染織品に於いて製作年代が明確に知れるものに、寺院への奉納裂が挙げられる。製作時の年記名が墨書されている場合がある。

 

裂地を縫いとめていた縫い糸の、渋く美しい染め色がとても魅力的で、解き仕事の合間に少しずつ手元に残しては、個人的に江戸時代の生活資料にする目的でその色彩を見ていた。
そのうちに、資料ではあるのだが、縫い糸自体に自分なりの意識の置き所をみつけて、本体の染め色の美しさと、この縫い糸に染まる、草木からいずる生き生きとしたこの色とでは、どこか差があるのかなと思うとそれは無いように思えて、それからは部屋でこれらの縫い糸たちを取り出しては古材に置いたり、棚の上に色彩を散らしては絵のように見立ててながめてみたりし、長く飾らぬお雛様をしまうごとく、気が済んだころ、再びたとうに包んで箱の中に仕舞う。
縫い糸の彩りは、当たり前なのだけど江戸時代の染織品と同じ奥行があり、それも単色の美しさを十分見せてくれる。

 

上村松園の描く中に、日暮れにお仕舞いの針仕事なのか、部屋の障子を少し開け、明かりをひろうようにして針穴に縫い糸を通そうとしている女性を描いた作品があるが、その無心で美しい仕草の先にある縫い糸も、きっと江戸の色をまとった美しいひとすじの糸だったろうと思いたい。

古裂古美術 蓮
田部浩子