年に一度だけ口にできる楽しみなお酒は、端午の節句に味わう菖蒲酒。
皆さんはこの日菖蒲酒をお呑みになりますか。
菖蒲酒はお酒の中に菖蒲の根を刻んで入れるというけれど、私は刻まずに清潔な菖蒲の根もと近くをお酒に浸し、お燗をします。
独特の芳しい香りがお酒に移り、風薫る五月にふさわしく、年に一度だけなこともいい。その日は菖蒲と蓬の菖蒲湯にもする。どちらも邪気を祓うという。柏餅は午後の合間のお茶の子に。
菖蒲に蓬、柏の葉と、普段とは違った植物たちとの接し方には、暮らしの暦が生きていて、自然と心豊かになる。

 

五月五日の端午の節句は男児の日とばかり思っていたが、どうも女性に深く関係している節句らしく、この日の菖蒲と蓬が男児のためにではなく女性に関わっていたことは、たしかなことだそう。これについての民俗が欠落してしまったら、菖蒲も蓬も、武者人形も、日本の庶民生活に繋ぐことができなかっただろうともある。
少しそのことに触れてみる。

 

複数の女性だけが集った家の屋根に菖蒲と蓬を葺き、五月四日の宵節句の晩に、女性たちが一晩忌籠り(いみごもり・穢れにふれぬよう身体を清め、家に籠って過ごすこと)をする「女の家」、「女の屋根」などと呼ばれた民俗があったことが、関東から東海、近畿、九州、四国に伝えられており、東北地方をのぞいてほぼ全国にあったことが報告されているという。

 

五月(サツキ)は田を営む季節であり、稲作の開始には田の神に奉仕する早乙女しか田の中には入れない。
重要な神事である田植えの前に、早乙女(=女性)の潔斎として籠もる家(古式は仮屋を建てたと考えられている)の屋根に、邪気や穢れ、魔が侵入しないよう、霊力があると信じられたふたつの草の菖蒲と蓬が、屋根や壁に葺かれて清めとされたという。また、葺く草は量を競うかのように多ければ多いほど、潔斎を十分にした場になるとされたのだという。
薬草であり、まじないの草である菖蒲と蓬に葺かれた家など、摘みあつめた摘み草の青々とした山を想うだけでも馥郁とした香が想像でき、それはどんなに素晴らしい佇まいだったろうかと思う。草々の精霊さえ現れそうな。
穢れを祓い魔を寄せ付けないために結界として、家の入口に人形を置いたり、恐ろしい顔の武者絵の幟を立てたりしたのだともいう。

 

ここでひとつ自分が思うことに、菖蒲と蓬がなぜ屋根でなければならなかったのだろう、という点がある。
節分の柊のように、または先の人形のように、魔が「入口」から入ってくるものなら家の外に結わえるなどすればよいものを、なぜわざわざ屋根なのだろうと考えたとき、これは何か「降って」くるものに対して祓いの効果を持たせる、その位置としての場が屋根ということなのではないかと、個人的にささやか思ってみた。雨だろうか。

 

季節は花が散り終える時季である。
古は花に活霊がこもると信じられ、その花が木から散る時には人びとに悪い祟りをなすことがあると思われたという。散る花と疫病神との関わりは古くから言われている。
また、京都今宮の花鎮め、やすらい祭の歌句にある「とみくさの花」は稲の美称なことから、原初の詞は定かでないにしろ、この祭儀の歌に、稲作の豊穣を願う何か「田歌」ともいうべきものが取り入られているのではないかと、和歌森太郎氏は著書に記しておられる。
散る花になのか、雨なのか、よくわからないが、なにか空から「降って」くるものからの回避、その何かを屋根の下に通させないよう祓い清めるという意図が働いて、それが「屋根を葺」かなければならない行為に結びついた、そういった理由が更にもっと下層にひそんでいるようにも思えるのだけれど…
少し話が横道にそれました。

 

田植えに先立って「女の家」の行事を行うことが重要視されていた時代から、時とともに田植えの神事性は薄らいでゆき、全国的に田植え儀礼の一部であった「女の家」の民俗も、いつしか姿を隠した。
五月四日の宵節句から五月五日にかけた「女の家」が、男児の節句にどう変化していったのか、その解釈が様々なされているが、「女の家」の入口に魔除けに置かれた人形や、立てられた武者絵の幟がそのことの兆しをうかがわせている。
江戸中期頃には五月の節句は男児の祝い日として一般化したという。

 

端午の節句の起源は中国の民俗行事にあるとされ、また、韓国でも五月五日は端午の日で蓬を摘んでお餅を作ったり、菖蒲を煮た水で髪を洗うのだとか。
日本でも多くの行事が用意されており、菖蒲湯や菖蒲酒をはじめ、幟、ちまき、薬玉、草摘み、薬草摘み、菖蒲たたき、石合戦ほか多様におよぶ。
端午の節句が、田植えを背景とした「女の家」に裏打ちされたものであることを知ったけれど、このように姿が複合的に集約する五月五日というものが、私にはまだよく掴めないでいる。幾重にも層が厚くて、実体が沈んでいる。

 

ただ思うのは、年間行事に縁取られた日本の美しい一年には、四季それぞれの花や草木が必ずや深い意味を担っていてその行事の根底を支えていること、そしてどの節目行事においても、人びとは花や草木を人間よりも高い位置に在る清浄なスピリットとしてその立場を置いており、その力、その加護を頂かんとしているところに、草木を崇めていることに、現代からみて感心が引かれる。
そのような古の人びとが、そのように重きを置く草木からいずる色彩に、何かを想わなかったわけはない。自分でもよくわからないが、興味の終点はいつもそこに繋がる気がする。

 

いろんなことはさて置いて、単に今年も菖蒲酒を楽しみにいたします。
よろしければ皆さんも、菖蒲酒をいかがでしょう。
佳い香りがして古風なものです。

2016.4.22

古裂古美術 蓮
田部浩子

参考文献

・『中国の自然と民俗』 田中克己 研文出版 1980年

・『民俗行事歳時記』 窪寺紘一 世界聖典刊行協会 1985年

・『続 仏教と民俗』  五来重 角川選書 昭和54年

・『宗教歳時記』 五来重 角川選書 昭和57年

・和歌森太郎 『花と日本人』 草月出版 1975年