蓮の道草 #53

今年の端午の節句のこと

菖蒲と伊万里網手盃

 

今日は五月五日、端午の節句です。
朝起きて、身支度をしてからごはんを済ませ、10時からZoomにて打ち合わせを開始、お昼近くまでおこないました。こうして書くと、いかにもとても今っぽく聞こえるのですが、スカイプひとつおこなったことがなく、この度の外出自粛要請の状況から、思いがけず使うこととなったのでした。やり方がいまひとつわかりませんが、初めてのテレビ電話体験?の日の折は、ほんとうにすごい時代になったものだと、ひとり唸ってしまいました。スカイプというものも知ってはいても、使ってみたいという気はまるで起こりませんでした。今までは。 テレビ電話?が日常的だそうなことに、こういう時代で大丈夫なのかなと、最新のスタイルが何やら昭和の自分とは噛み合わないような、リアリティのつかめないまま、ふわふわとおもむろに次の作業にとりかかるのでした。

夕方になる前にひと息ついて、柏餅をお茶の子にする。そういえば、と端午の節句で五色の糸のことが思い出されて、箱の中から江戸期の縫糸を取り出してみました。つややかな絹の光沢、草木染めの染め色はひじょうに鮮やかで、それでも目の疲れない、とても深みのある色彩です。こちらの写真のものは、江戸時代の着物や衣服類を引き解いた際に採取したものになり、資料であり、自分の愉しみのものになります。実物の染め色は、どの色もっと鮮やかです。

 

江戸時代の縫糸 絹

このような縫糸は、店を構えた糸屋もあったそうですが、江戸時代では町中で振り売り(行商)されていることが日常だったようです。そして糸の振り売りをする者は、たいていお年寄りが多かったともあります。他の売りものよりも、糸類ならあまり重くなかったからではと本に記されてありました。 江戸時代の糸屋など、全てが植物からの色で、どれほど美しかっただろうと思われます。そういった糸たちは、こうして時代を経てなお今に遺されております。 あまりにも脇役なのかもしれませんが、美しさというものは、ものの大きさではありませんので、美しいものとして掬い上げたいと思います。

江戸時代の縫糸に見惚れていると、日が暮れてきました。
以前 “ 蓮の道草21 菖蒲酒と「女の家」” にて記したことがありましたが、本日五月五日の愉しみなことは、一年に一度だけ味わえる、馥郁とした香り豊かな菖蒲酒です。ほんとうは菖蒲の根を使うのですが、私は手に入りませんので、清潔にした菖蒲の根もとを裂いて徳利に浸し、ぬるいお燗にいたします。菖蒲の芳しい香りがお酒にほんのりと移り、古風で豊かな気分になり、今年も五月が来たなと思うのです。菖蒲の写真にある盃は、私物の伊万里網手盃です。染付はこれからの季節に涼し気です。

今の状況は不安ばかりが伴います。けれど今年の端午の節句は、いかにも今ふうなテレビ電話?を使い、柏餅をお茶の子にしてひと息つき、そして江戸時代の縫糸に見惚れて夕暮れを迎えました。またも夜も更けてまいりましたが、これから菖蒲酒をあたためようかなと思います。菖蒲酒は一年に一度だけというのがいいのです。 暮らしの暦を今年も無事に過ごせたことに感謝して、一日を振り返りながら、薬草でもある菖蒲の香りで邪気を祓えたらと思います。 今年後半も恙なく過ごせるよう願います。

 

2020.5.5

古裂古美術 蓮
田部浩子