麻布(おそらく大麻)断片裂
江戸後期 18-19世紀

 

残暑御見舞い申し上げます。 

厳しい残暑が続いておりますが暦の上では秋が立ち、東京も夕方になるとよい風が吹き抜けるようになりました。少し日が短くなった夕空には、夏の終わりを感じます。
どうぞ皆様御自愛の上、涼しくされてお過ごし下さい。

 

写真はこのところ取りかかっている、こまかな裂仕事のひとつで、きれいな色彩を見せてくれている麻布(おそらく大麻)の断片裂です。こちらは江戸後期頃の裃でした。この裃は傷みも汚れも進んでおり、もしかすると、捨てられる一歩手前のものだったかもしれません。しかしながら、浅く儚げな浅葱の色彩が麻地から顔をのぞかせていて、生きているその色を拾い上げたく思い仕入れました。残せる部分だけをやむなく鋏で裁ちまして、数日の間水に浸してゆすいでを繰り返し、経糸緯糸方向に丁寧に手洗いしたところ、ほのかな浅葱色はよろこんでくれたのか、さっぱりとした面持ちで、その色彩を現わしてくれました。小さなものに時間をかけたい心境になり、もくもくと手を動かし続けていたのですが、作業中ふと心によぎったことは、糞掃衣(ふんぞうえ)のことでした。

 

人に顧みられないほど傷んで汚れ、人の執着から解き放たれて打ち捨てられた布地を拾い、洗い清めて縫い綴り、刺納を施し清浄な袈裟とされた糞掃衣。遠い時代の僧侶の尊い心、ほとけへの信仰心の深さ、高さはいかほどであったろうと、そうしたことが、裂を洗う水の音と水のゆらぎをとおして思い浮かばれました。
私などはきれいになってよかったと、それだけの思いでいたのですが、儚げに空の色をみせている浅葱色のひとひらを、八月のお盆の机の上にそっと置いておきました。この広い空に 想いを馳せて。
今日は五山送り火です。暑かった夏も終わろうとしています。

 

 

 

 

 

2022.8.16

古裂古美術 蓮
田部浩子