蓮の道草 #56

「雪」という名の朝顔

「雪」という名の朝顔。

 

お花屋さんで最後まで売れずに残っていた苗だった朝顔が、ひっそりと店先で、可憐に咲いていました。昨日の朝、通りがかりに、細くて真白な朝顔が一輪、花々の間で風に揺れているのが見えました。白の朝顔は、とうとうひとつだけ残ったようで、お店で咲いてしまったそれが健気というか、いじらしく思われて、所用を終えた午後、再び通りかかることにして、その朝顔を買いました。ポットに差し込まれている朝顔の写真には「大輪」とありますが、可笑しいほど大輪などではないのです。一日の陽も傾いてきた頃で、花は萎れかかっていました。

 

萎れてしまう前にと思い、帰り道の公園で一枚ぱちり。立派な行灯仕立てにはなれなかった細すぎる朝顔ですが、「雪」というきれいな名を持つ真白な朝顔は、江戸期の夏の小袖の白い帷子(かたびら)や、遠い夏山の残雪の白の印象と重なります。
公園で蝉の聲を聞きながら「雪」を石段の上に置き、マスクをしたまま暫し涼を感じてひと休み。よく見ると、ごく小さな花芽を3つつけておりました。

 

咲いた初花は夜には萎れましたが、中にお砂糖の入った朝顔の蕾の干菓子のように、先を閉じてずっとよい形を見せていました。
ひと晩明けて、あれほど小さかった花芽のひとつが、おどろきの早さで蕾に成長、なかなかはかどらない自分の仕事をよそに、今宵真白く佇んでいます。
明日の朝、この朝顔にふたつめの雪の花が咲くようです。

 

2020.8.5

古裂古美術 蓮
田部浩子