蓮の道草 #6

裁縫と“をさな”と“おとな” - vol.1

はじめに

裁縫は、古来よりおもに女性が身につけた特色ある技能であり、人間が生活を営み続けてゆく上で必要かつ欠くことのできない業であることは、昔も今も違いはない。
長い歴史に於いて、どの階層であってもとりまく日常生活に人は繊維品を身にまとい、庶民には庶民の、都びとには都びとの、寺院やそのほかの社会に在っても、それぞれの生の中で裁縫は日常から切り離されることなく、日々の調えの内に展開してきた。それは働く家族の為であったり、富の表れといえる華麗な装いの調達であったり、信徒から依頼された荘厳具の作製であったり、生産への関わりであったりと、その仕事はつねに意味を持ちながら女性を中心に受け継がれ、工夫とともに手技が伝えられてきた。

時代が移り変わり、和装から洋装へ移行した現代では、衣服は既製品を購入して着用することが一般的な有りようとなった。自身で衣服を縫い上げられなくとも一応のところ衣生活はこと足りて、個人における裁縫技能の位置づけは、さほど重要視されずあるように思える。
染織の分野は染め織り組物いろいろあるが、この「裁縫」という、更なる奥深い世界も、染織品の成り立ちを考える上で外すことなどできず、裁縫をする側から古い染織品を捉えてみるといったことも、大切な視角だと思えている。
裁縫の周りに点在している事柄や様々な背景を見直したり、裁縫とは何かと仰ぎ見て朧気にでも辿ってゆければ、また違った視点とおもしろさの幅を得て、染織品の魅力に近づくことができるのではないだろうか。

染織品と染織品の周辺に佇んでいる様々なことを思う中で、いつしかそのものごとについてあまり触れらなくなり、その為話題にのぼる機会も少なくその実在自体に関心が遠のき、存在が希薄になって表層の後方に埋もれてしまったように感じられる、そういったものごとを折々に少しずつ、ささやかな坪庭のここのコラムで、掬いあげてゆければと思っている。

2015.07.19

古裂古美術 蓮
田部浩子